数年前の出来事となりますが父親が脳梗塞になりました。かなり時間は経過してしまいましたが、入院から退院+約2年間の流れと言いますか出来事を紹介します。※現在も介護中。簡単な記録程度の内容なので微妙かもしれませんが少しは参考になるかと思い掲載いたします
最初の病院は急性期の治療&リハビリで約1ヶ月入院
仕事中に自宅の近くに住んでいる友達から「お父さん、救急車で運ばれてたよ!」とのメールが…。後から聞いた話となりますが家にいたら体調が悪く時間が経つにつれフラフラとして歩けなくなり呂律が回らないとの事(脳梗塞の特徴的な症状)から父親が自分で救急車を
呼んだところ、偶然にも運ばれる途中でその友達と出会い息子に連絡してと…。どうやら、この時点では何とか喋れる状態だったとの事でした。そして前兆もあったようですが…。母親が付き添い救急車で病院へ向かう。早急に向かっていた妹から連絡があり当日は病院に
行く事なく後日、病室にて父親と会ったわけですがあまりの変わりように言葉を失いました…。※数年前の記憶なのでご了承ください。無表情で遠くを見つめてベットで寝ている、治療の関係でぼんやりしていると看護師さんは言っていたような気はしますが声を掛けても
返事はするものの何を言っているのか分からない状態でした…。励ますために何度か一人で面会に行きましたが父親から言われた何気ない一言に涙する事になりました。内容は「お母さんも疲れているだろうからお寿司でも買って一緒に食べな」となりますが父親はいわゆる
亭主関白気質であり自分を含めて家族を思いやる言葉を一度も聞いた事がなかったのでびっくりしたと言いますか感情がこみ上げて…。※自分が大人になってから感じた印象です。
※お見舞いが終わり病院を出てから号泣してしまい、偶然と言いますかタイミングが悪い事に知り合いに見られて恥ずかしい思いをしました。言語障害はありましたが徐々に会話が出来るくらいにはなり、数ヶ月後には普通に会話出来るレベルまで回復/完治いたしました。
回復期はリハビリテーション病院に約4ヶ月入院する
初めは母親がバスと電車を乗り継ぎ「着替えを週一回ほど病院へ届け」に通っておりましたが、季節は変わり蒸し暑い夏になるとシンドイと言う事で自分が代わりに車で行ったり二人で向かい面会するようになりました。※安心感&ストレス緩和などの効果があると言われて
いるので顔を合わせての面会はメリットがあると考えております。遅すぎるかもしれませんがようやく率先して手伝うようになり今では申し訳ないと思っております…。もっと早く気遣ってサポートしてあげればよかったと後悔もしております…。大変だからと母親から手伝わ
なくていいと言われて完全に甘えてしまった…。自分が言うのもなんですが「長期入院になると精神的に疲れてしまう」ので助けられる事があれば分担し必ず手伝ってあげてください。
何度か会っていたのが理学療法士さんであり、実際にリハビリを行なっている部屋にて見学&介助の仕方を教わり実践するとなっておりました。寝た状態からベットの起き上がりはコツが必要&一番大変だったのは床から直接、起き上がらせる方法が難しかった記憶はあります。※膝を曲げて力を入れられない。確か実際に車に乗せる手順/方法も実践&確認しました
気になる入院費用については母親のメモによりますと約34万と書かれており、おそらく高額療養費制度で1ヶ月:約8.5万×4ヶ月分かもしれません?本人も覚えていないとの事です。余談として父親が加入している生命保険の入院給付金(1日あたり5千円)があるので当時は
かなりプラスになったとの事ですが、昔は入院日数に制限がなかったものの?近年では60日までと契約内容が変更になったとの事です。自分が直接、契約しているわけではないのでよくわかりませんが…。今回、初めて入院費用の事を知りましたがそれなりの金額に驚きました
そして約5ヶ月後、ようやく退院/長い在宅介護の始まり
自宅に父親が帰って来ました。退院する前から準備する事は意外と多くありましたがケアマネージャーとのやり取りは母親が中心で、この時点では家の中を「2本のロフストランドクラッチを使いトレイやお風呂まで歩き移動」しておりましたが部分的な介助は必要でした。
階段の上り下りは介助が必要ながらも平地を歩くだけならば杖だけで可能でしたが歩くスピードはかなり遅い&長距離は疲れてしまうので難しい状況でした。※通院する病院内を移動するのが限界なので外出する機会は月一程度。 ※自宅にて訪問リハビリを週2回/1回40分
それでも長時間、車に乗っている事は可能だったので年に一度だけお墓まりには一緒に行っておりました。行き帰り約4時間、数年後には問題があり長時間の乗車は出来なくなりました
約1年後、通院する病院は変わりましたが、かかりつけ医の先生に自分から調べて相談し、専門の病院にて「ボツリヌス療法 ※ ふくらはぎ左右に50単位を3カ所/計300単位」を試してみましたが約1ヶ月後の判定結果では薬の効き目は無いとの事でした…。当初から効果が
あるか分からないとの説明はありました。※いくらリハビリを続けてもこれ以上は回復する見込みがなので「現状維持」を目標といたしました。本人も了解し考え方が変化しました。
約2年後、身体障害者手帳交付(2級)となりますが、退院した直後では「要介護3」とそれなりのレベルながらも杖を使って歩ける事からその当時、申請は認められませんでした…。
(認定基準に達していないとの事)母親のメモでは要介護3と書かれているものの本人はあまり覚えてないとの事。おそらく入院中に要介護認定をしたからかもしれません?補足として更新した際には「要介護2」となりました。昔はとにかくわからない事だらけだったので…。
再度となる身体障害者手帳の申請のきっかけは確か、新しいかかりつけ医の先生からだったと思います。この状態ならば審査は通るハズだと。退院してから現在も脳梗塞が再発するかもしれないと言う事で予防のため血液をサラサラにする薬/クロピドグレル錠を飲み続けております。こちらの先生とは長い付き合いなので今でも気になる事があれば相談しております。
脳梗塞について書きたい事は山ほどありますが総括する
脳梗塞で入院した最初の病院では担当医から「車椅子の生活になるかもしれないので覚悟してください」との説明でしたが、父親が頑張ってリハビリしてくれたおかげで歩けるようになるまで回復いたしました。軽度とは思えない後遺症(身体の麻痺 ※別記事にて説明します)
は残ってしまったので完全に治ったとは言えませんがその当時はかなり安心いたしましたが…。今では車椅子を使用するのが基本(歩行困難)となりました。余命や生存率の説明も聞きましたが長生きしているので、考え方や接し方も色々と変わったと言わざるを得ません
しかし、父親の介護としては序章となっており、あれから様々な事が次から次へとありました…。※別の病気で何度も入院する&些細な事で喧嘩となり家の中がギクシャクするなど。
現在も進行形であり何故に今頃になってから思い出す事になったかと言いますと「当ブログで紹介している趣味について掲載する新しい記事に集中出来ない&何かをしていないと考え込んでしまい不安」だからです。そこまで深刻な状況ではありませんが今後の流れ次第では…
今回の事に関係する内容で書きたい事が意外と多かったのでもう少しだけ続ける予定です。次回からは自分が直接関わっている色々な手続きおよび体験談なので詳しく紹介出来ます。最後に注意点として部分的に記憶が曖昧&数年前の出来事なので参考程度にしてください。
